小学生の6年間はできるだけいっぱい遊んでほしいと思っていた。
もちろん、幼児期だってそうだけど。幼児期は母子で幼稚園帰りに自然遊びの会みたいなのを有志で作って、田んぼあそびやたき火したり、畑しごとしたり、いろんなことして遊んだ。なつかしーい。その頃遊んでた子たちもみんな高校生だー。
小学生になると、自分で遊びにいくから、なにして遊んでたかはよく分からないけれど、うちの裏山で「秘密基地つくってんねんっ」という遊びには、うんうん、それはいい!!と心の中で拍手を送ってた。子どもの頃、秘密基地づくりがどれだけ楽しかったかを知ってるから。秘密基地で食べるおやつのおいしかった記憶。秘密基地の回りを歩いて、なぜか土器探しをしていた。植木鉢の破片のようなのを見つけると、友だちはこれは弥生かも・・と嬉しそうにコレクションしていたっけ。
だから、娘も息子もあまりお稽古事や塾にいれずに、のーびのび遊ばせた。高学年になるとさすがに回りは塾に忙しくなるけど、うちの子は暇人なので、毎日毎日、放課後校庭で他学年の子たちや先生とサッカーしたりおしゃべりしたりして過ごしてた。幸せな時間だと思う。
私の中には、一切の不安も焦りもなく、この自由に遊ぶ時間こそが後にがんばらなきゃいけないときの栄養源になるだろうーと思ってるので、ランドセル置いて3分で出て行く自転車の後ろ姿を、いいぞー!!と旗でも降りたい気持ちの日々でした。
この本は、ほんと、うーんわかるー。そうそう、と小学生だった頃をキューンと思い出すそんな本だった。絵本や児童書とともにその頃の自分がいることは、私もずっと大切に思ってきた。それは、おとなの自分をつくる「土台」になっている。という言葉に、まさにそうだなーと思います。
ちょっとした心のヒダ、あのときの気持ち。苦々しかったり、思い出したくないこともあるし、楽しくてうきうきしてたまらなかった気持ち。それが本と一緒に自分の一部になってることに気づかされます。出てくるあの本、この本。私も自分のなかに小学生がまだ残ってる。うちの母もかなり小学生が残ってると思う。笑いのツボが小学生と一緒だから。毎日楽しそうなのは、小学生が残ってるからかもねー。
まだ小さい子の子育て中の方は、いっぱいいっぱい本、読んであげてほしいなーと思います。小学校高学年ぐらいから、グングン、その時間の栄養が大切になってくるから。